2015年に上京。女優としてはかなり遅い部類だった。
「大事なものを全部切り捨てて出てきているから、後には引けなかった」
吉岡里帆は当時の心境を、こう振り返る。
朝ドラ出演から約2年。25歳になった女優は今、猛スピードで時代のヒロインへの階段を上っている。
傍目には絵に描いたようなシンデレラストーリーに映る。だが道のりは平坦ではなかった。女優の夢は、周囲の期待を裏切ることだったからだ。
(取材:BuzzFeed Japan 徳重辰典)
Kei Ito for BuzzFeed
インタビューしたのは1月下旬。初めて主演するTBSの連続ドラマ『きみが心に棲みついた』(火曜よる10時放送中)の第1話が放送される日だった。
主演に決まったと聞いたのは昨年秋。
「スケジュール帳には最初『2019年初主演ドラマ決まりました』と間違えて書いてあったんです(笑)。すぐに2018年1月のドラマと訂正されて。その日からずっと今まで緊張状態です」
笑顔を見せながら、質問には慎重に自分の言葉を選んで話す。真剣な眼差しから真面目な性格が伝わる。
あまり体が丈夫でなかった吉岡は7歳のとき、友人の誘いで書道と出合った。
以来、中学、高校と打ち込み、腕前は現在8段。
大学は書道の名門で、書道部に所属。吉岡自身だけでなく、家族も、周囲も、誰もが将来は書道に携わると思っていた。
幼少期の吉岡。後ろは弟。
地元は京都・太秦。18歳のとき、アルバイト先で人手が足りないから頼まれ、映画『天地明察』にエキストラとして参加したことで運命が変わる。
多くの人が、長い年月をかけて、一つの作品を完成させ、その映画が観客の元に届く。初めての撮影現場を語るとき、今も吉岡は目を輝かせる。
「本当にロマンを感じました。あのときめきは忘れられないです。書道では一人で書いて、一人で表装を考えて、一人で展示してとやってきたから」
エキストラの現場で知り合った友人に誘われ、初めて学生演劇を見た。演目はつかこうへいの『銀ちゃんが、逝く』『蒲田行進曲』。芝居への興味が一気にわき出した。
友人は映画監督志望でもあり、自主映画への出演も誘われた。1年後、吉岡は小劇場の舞台に主役として立っていた。何気ない気持ちでのエキストラ参加が、書道とは違う道を開いた。
女優を目指すには、遅いスタートだったが、演技への思いは募るばかり。
関西で自主映画や舞台に参加しながら、週末は東京の養成所やオーディションに通うようになった。
東京までの移動は夜行バス。運賃を稼ぐため、最大でバイトを4つ掛け持ちした。当時の心境について吉岡はテレビ番組で次のように語っている。
"向かう時のバスは希望がいっぱいですごく意気揚々なんですけど、帰りっていっぱい反省して、本当にこれでいいのかな。自分は間違いを犯しているのかなって帰るから、寝れなくて。カーテンに首を入れて、ずっと外の景色を眺めていました。(日本テレビ『チカラウタ』4月26日放送)"
一方でこれまで真っ直ぐに取り組んできた書の道があった。
「書道はやめたくはないけれど、情熱が違う方向に行っていることに、その時期はすごく混乱していました」
Kei Ito for BuzzFeed
両親は吉岡が書の道に進むのだと思っていた。後ろめたくて、東京に通っていたことはなかなか言えず、友人の家に泊まると嘘をついた。
女優をすることに、友人や大学の恩師からの反対もあった。
「書道をやっている友人たちはどこまでも真っ直ぐなんです。夢に濁りがないから。2つのものを追いかけようなんて許されない世界。同級生たちと話して、話して、それでも理解されなかったり。逆に応援してくれる人がいたり、周りの言葉に揺れ動いてました」
大学の恩師たちも反対する中、唯一、味方になってくれたのは幼い頃から二人三脚で吉岡の書の道を支えてくれた書道教室の先生だった。
「どんどん好きなことをやりなさい。書道はいつでもできるから、今しかできないことをやりなさい」
そう言って、応援してくれた。
大学時代の友人が企画した書展を訪れた吉岡
反対を押し切って活動していく中、周囲も女優の道を認めてくれるようになった。
恩師の一人は、吉岡の作品が入賞した後、誰よりも強く、吉岡の背中を押してくれた。
「まず一つ、入賞するという結果を残したのだから、途中でリタイアするのは恥ずかしいことでもなんでもない。あなたはやりきったと思って東京に行ってきなさい」
芸能界入りの話を聞いたとき、反対していた両親も最後は女優への道を認めてくれた。
Kei Ito for BuzzFeed
アルバイトで資金を貯め、2015年6月に上京。すぐに未来へ前進できるかと思っていたが、なかなか仕事が決まらない。抜け出せない停滞に苦しんだ。
オーディションを受けては落ちる。自分には魅力がないのか、夢を見すぎているのかと落ち込んだ。
「でも、大事なものを全部切り捨てて出てきているから、後には引けない。みんなの前で、私は絶対夢を叶えると言って出てきているから、帰れないですよね」
周囲が期待した書道は捨てた。退路はすでにない。前へ進むしかなかった。
2016年、転機となるNHK朝の連続テレビ小説『あさが来た』に出演する。ヒロインオーディションの最終選考では落ちたが、演技が目に留まり、田村宜役のオファーが舞い込んだ。
田村宜を演じる吉岡(右)。左は小芝風花